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札幌高等裁判所 昭和54年(う)37号 判決 1979年7月12日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三年に処する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官横山精一郎提出の控訴趣意書(検察官野崎哲哉作成)に記載されたとおりであるから、これを引用する。

所論にかんがみ、一件記録を精査し当審における事実の取調べの結果を合わせて諸般の情状を検討すると、

一  原判示第一の各犯行は、西川清一と石川正勝とにおいて、西川所有の原判示の漁船第八よし丸(以下「第八よし丸」という。)を故意に座礁させ破壊するなどして船体を放棄し、海難事故を装い、西川が同船の船体について根釧漁船保険組合との間に締結している漁船普通損害保険(いわゆる船体保険)の保険金五、五〇〇万円を騙取しようと、更に右偽装海難事故敢行前に新規に同船の積荷等に保険をかけてその保険金をも右偽装海難事故によつて騙取しようと企て(この計画にもとづき、西川と石川は、昭和五〇年一月末日までに、安田火災海上保険株式会社との間に、保険金額を五、〇〇〇万円とする、同船にかかわる貨物海上保険契約を締結した。)、昭和五〇年一月中旬、かねて知り合いの被告人に対し、右意図を打ち明けて同船の処分を要請したことに端を発するものであるが、被告人は、自分がその実行役になることを拒んだものの、西川及び石川に対し、かねて漁船の「沈め屋」として噂が高く、かつ、その当時第八よし丸の漁撈長として同船に乗組んでいた亀田幸四郎を適任者として推せんし、かつ、被告人が亀田を説得して右犯行に加担させるのを引き受け、同月二六日ころ、亀田に対し、右の計画を打ち明けて同人が同船の処分役を引き受けるよう説得し、同人をしてこれを承諾させるとともに、同人と協議した結果、漁船第八佳栄丸(以下「佳栄丸」という。)の漁撈長である高岡和夫(同人は、その当時、佳栄丸に乗組み千島列島海域に出漁中であつたが、かつて被告人の世話で、昭和四九年五月から同年九月まで第八よし丸の漁撈長をしていた。)を抱き込み、高岡に第八よし丸の乗組員を救助する役に当らせる旨及び高岡の抱き込み工作は被告人が担当する旨並びに亀田と高岡との洋上における連絡は、他船から傍受されるのを防ぐため到達距離の短い電波を使用することとしてその電波を定め、被告人においてこれを高岡に伝える旨の密約を被告人と亀田との間で成立させ、翌二七日、被告人が西川に亀田を引き合わせるとともに以上の経過を説明したが、その席で被告人の尽力により、被告人、西川及び亀田の三者間で、犯行の時期・方法として、時化の時を利用し、千島列島ウルツプ島に第八よし丸を乗り上げて破壊し、その船体を放棄するが、対外的には風で流されて座礁したことにする旨及び亀田は高岡と連絡を取り合いながら、右の船体放棄を実行する旨の協議がととのい、かつその際、被告人の口ききで、西川をして、犯行の報酬として、亀田には三〇〇万円を、高岡には二〇万円をそれぞれ西川から支給する旨約束させ、以上の協定に基づき、同日夜第八よし丸は千島列島沖に向け出航したが、被告人は、友人の芳賀勉をして佳栄丸の帰港を見張らせ、同年二月三日右芳賀から同船が根室市花咲港に帰港した旨の連絡を受けるや、直ちに高岡と接触し、同日夜同人に対して前記の計画及び西川・亀田らとの前記打ち合わせの結果を打ち明け、報酬二〇万円で救助役として犯行に加担するよう説得し、同人がこれに応諾するや、直ちに、同人を西川に引き合わせてことの顛末を報告したこと、高岡の乗組む佳栄丸は、同月四日千島列島海域に向け出航し、亀田と高岡とが前記のとおりあらかじめ定めていた特定電波で連絡を取り合いつつ同月七日早朝同列島ウルツプ島穴崎海岸の沖合において合流し、亀田において、同月九日午前五時ころ、比較的大型の漁船である第八よし丸にとつて緊急入域する程の悪天候ではなかつたのに、緊急入域をすると称し、佳栄丸が漂泊している眼前において第八よし丸を右穴崎海岸に近付けて同船を暗礁に乗り上げさせ、もつて同船の座礁を図つたが、同日午前一一時ころ満潮となつて自然離礁して失敗したため、翌一〇日午前四時三〇分すぎころ、佳栄丸に乗船する高岡に対し、第八よし丸の機関部に海水が浸入したと称して同船を右穴崎海岸に乗り上げる旨打電し、同日午前五時一〇分ころ、同船を時速約四ノツトの速度で同海岸の砂利原に突入して乗り上げさせ、次いで同船機関長奈良清の協力のもと、同船の機関室の海水取入れパイプのバルブを開放させて同機関室内に大量の海水を流入させ、更に同日正午ころから午後一時ころまでの間に、同船の機関始動用の圧縮空気を全部放出し、このようにして同船を破壊してその航行を不能にし、(亀田と奈良は、事前に以上の方法による同船の損壊を共謀していた。)、他方、前記無線連絡を受けた高岡は、同海岸が岩礁や浅瀬の多い危険な区域であるため、長時間にわたり、魚探を使いながら停船・微速をくり返しつつ、漸く佳栄丸を第八よし丸に接舷させて第八よし丸の乗組員全部を佳栄丸に移乗させ、右の状況について無線連絡を受けていた西川は、同日午後二時ころ、第八よし丸の船長小林喜代蔵に同船の放棄を指示してこれを放棄させ、遂に同船の破壊・放棄の目的を遂げ、かくて西川において、原判示第一の二のとおり、同船が通常の海難事故にあつたように偽装して根釧漁船保険組合に対し、同船に付した船体保険金の請求手続をし、この旨同組合係員を欺罔し、同保険金支払名下に四、五三九万円に上る財産上不法の利益を得たものであるが、被告人らが同船の座礁の場所・機会をウルツプ島海岸とし、かつ、時化の時としたのは、亀田が同島穴崎海岸の地理に詳しかつたこともさることながら、同島がソビエトの支配下にある千島列島の一島嶼であるため、その海岸に船舶を座礁させ破壊して放棄するときは、偽装海難の疑いがあるときでも、わが国の捜査官憲がその地点に出向いてする捜査あるいは前記保険組合による事故の調査に種々の制約があつて、これらが不可能であるか、又は極めて困難であり、したがつて、殆んど確実に犯跡を隠蔽することができ、更に時化時においては、緊急入域と称してたやすく同島海岸に接近することができ、したがつて、この機会を利用して同島に近付き船舶を座礁させ破壊するなどして船体を放棄しても、通常の海難事故に仮装することが容易であると考えたためであり、その真相が隠蔽される以上、前記組合において前記保険金の支払いを拒みえなくなるのは必然のことであるから、被告人らは、すぐれて頭脳的かつ計画的な、いわゆる完全犯罪を企図したものというべく(釧路海上保安部所属の巡視船「だいおう」は、第八よし丸の第一次座礁があつてウルツプ島海域に出向いていたところ、同船の第二次座礁が発生し、「だいおう」の係官において、二度にわたり第八よし丸の臨検調査をし、その結果偽装事故ではないかとの強い疑いをもつたが、それ以上事案を解明することができずに前記保険金の支払いを防止しえないでいたところ、高岡の密告という偶然の事情の発生からようやく本件の真相が明らかにされるに至つたのである。)、次に漁船を計画的に座礁させ破壊して放棄することは、当該漁船の漁撈長の協力を絶対的に必要とし、かつ救助役がいなければ実行し難いところ、被告人は、前記のとおり、亀田と高岡の選定及び説得に大きな役割を果し、かつ第八よし丸の偽装海難について具体的方策を定め、かくて原判示第一の犯行の推進に大きく寄与したものであるから、まさに参謀役あるいは舞台廻しとしての枢要な役割を果したというべく、また被告人は、漁船員を天職とし各船の漁撈長を勤めた身であり、厳冬期における寒冷な千島列島海域が往々にして漁船員の人命を奪いかねない危険に満ち、ことに前記穴崎海岸が岩礁・浅瀬の多い地点で、同所で漁船の座礁、破壊、放棄を敢行するときは、なお一層乗組員の生命を危険にさらすことになるものであることを知悉しながら、厳冬期の二月に、かつ時化時を狙つて、しかも危険の多い同海岸において右の犯行を敢行することを計画し、かつこれを実行させたものであつて、被告人のかかる行為は、いかに救助役を立てたとはいえ、職業上の仲間の人命を弄んだ背信的行為といつて過言ではなく、更に原判示第一の犯罪が根室及び釧路地区の漁業の健全な存続・発展に大きく寄与する前記組合の存立の基盤を脅かしかねない犯罪といえるのであつて、それ自体漁船員としての自らの職業に対する背徳的行為というべく、更にまた、被告人としては、右犯行によつて金員の分配にあずからなかつたけれども、当時被告人自身漁船をチヤーターして漁業経営に乗り出したいと考えていたところから、たまたま西川及び石川から前述のように要請を受けたのを好機とし、その要請に応じて犯行に加担するときは、同人らからいずれ応分の経済的援助が受けられると期待したものであり、強い利欲的心情に発した犯行の加担であつたといえるし、かつまた、被告人において原判示第一の被害金額を弁償する意思もなく、犯人の誰一人として、いまだに前記組合に一銭も被害弁償をしていないことを考慮すると、犯情は極めて良くないといわざるを得ず、

二  原判示第二の犯行についてみるに、被告人は、昭和五一年四月から西川所有の漁船第三六金恵丸に船長兼漁撈長として乗組んだものであるが、同年四月の出航前に、西川との間において同判示の犯行を企て、さけ・ます密漁用の漁網まで指定していたというものであり、その動機は、同船が採捕するめぬけやたら類では、七月に始まる漁期に十分な収益を上げることが期待できず、従つて船主にも被告人を含む漁船員にも大した経済的利益をもたらしえないとするところから出たものであつて、すぐれて利欲的心情にもとづくものであるうえ、いわゆる日・ソ漁業条約により、さけ・ますの資源保護を図つて絶対的に禁漁海域とされている原判示第二の海域に出漁してさけ・ますを密漁したものであつて国際信義を侵すものであるばかりか、かかる行為が、ひいては法令を遵守するさけ・ます採捕従事者に不利益をもたらしかねないものであつて、その影響するところが大であるというべく、更に、漁獲量(約一〇三トン)は、これまで処罰された同種事犯のそれを遥かに上廻り、実に四、四一一万円の水揚高となつたものであつて、その犯行がいかに大担で大がかりであつたかを如実に示すものであり、更にまた、被告人は、部下乗組員が被告人に反対することができない立場にあることを知つた上で時期を選び、その犯意を打ち明けてさけ・ますの密漁行為に部下を巻き込み、これに加え、この犯罪行為について部下に箝口令を敷くなどして犯罪の発覚防止に細心の注意を払つたことを考慮すると、これ又、犯情は極めて良くないというべく、

三  更に、原判示の各犯行にかかわる被告人の動機に何ら酌むべき点がなく、犯行は、前記のとおり計画的で極めて悪質であり、結果も重大で、被告人の遵法精神は薄いといわざるをえず、かつまた、原判示のような犯罪に対しては一般予防の見地から厳しく臨む必要があるというべく、それ故、被告人の罪責は重いといわざるをえず、したがつて、原判示の各犯行が被告人において発案したものではないこと、被告人に反省の情が認められること、被告人は、原判示の犯行後下田鮮魚株式会社に漁撈長として職を得て真面目に働き、同社の経営に重きをなす人材となつていること、扶養を要する妻と未成年の三子を抱えている身であること、及び被告人には、昭和三六年に傷害罪により、同三七年に暴行罪により、昭和四六年に港則法違反の罪により三回罰金刑に処せられた以外に前科がないことなど、被告人に有利なあるいは同情すべき事情一切を十分に考慮しても、被告人に対し、その刑の執行を猶予するだけの情状はないというべく、被告人を懲役三年及び罰金一五万円(労役場留置につき二、〇〇〇円を一日に換算)に処し、右懲役刑に四年間の執行猶予を付した原判決の量刑は、刑期及び罰金額の点についてはともかく、懲役刑に執行猶予を付した点において軽過ぎて不当であると認められる。論旨は理由がある。

そこで、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書を適用して、当裁判所において直ちに次のとおり自判する。

原判決が確定した事実に原判決挙示の各法案を適用(ただし、漁業法一四二条と刑法四八条一項本文との懲役刑と罰金刑の併科の規定及び同条一八条の罰金刑の換刑の規定は適用しない。原判示第一の一の罪の刑については、有期懲役刑を選択する。)した刑期の範囲内で、前記諸事情を考量し、被告人を懲役三年に処することとし、主文のとおり判決をする。

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